戯作文

戯作とは、通俗小説などの読み物の総称で、戯れに書かれたものをいい、戯作の著者を戯作者という。 そこかしこに書き散らかしたり、細やかにしたためた駄文の置き土産を、ここに印す。

ズブロッカ

ファーマータナカの迷酒珍酒カクテルストーリー。
(登場する人物年齢物語等は妄想と願望の産物であり、実在の人物等とは一切関係ありません、たぶん)

ロシア北部や北欧は寒さが厳しい(らしい)。
身体の芯まで素早く温めてくれるもの、とにかくアルコール自体が必要で、味や品質は2の次なのだ。
中世ではまだ蒸留技術が十分ではなく、残留物や癖のある風味を消すために、香草や果実で味付けするフレイバード・ウオッカが生まれた所以でもある。

ポーランドで保護獣となっている野牛「ズブラ」が好んで食べるという「バイソングラス」、ウオッカにそのエッセンスとその草自体も加えると、和風なテイストで言えば桜餅のような甘い香りのウオッカに生まれ変わる。
ただしこのバイソングラスに含まれるクマリンという成分、発がん性や肝毒性が指摘されているのだが、計算上1日50L(500mlボトルだから100本か)程で障害が出るというが、そんなに飲むならアルコール自体の危険度の方が心配だ。

🍷🍷🍷 ズブロッカ(フレーバード・ウオッカ) 🍷🍷🍷 

来店頻度はそう多くはないが、控え目で息の長いお客さんがいる一方で、鮮烈デビューの途端、毎日のように通い詰めたかと思うと、ある日突然来店が途絶えるるお客さんもいる。

T君は、歳の頃は16~7歳か、いわゆる不良という単語がぴったりの人相風体だ。
きっと喧嘩の勲章だろう、上の前歯が見事に1本欠落しており、笑うとまるで漫画のように滑稽だ。
初来店なのに馴れ馴れしく、ちょっと眉を顰めたくなったというのが第一印象だ。
若さ故の一挙一動は、手に取るように背伸び感ミエミエだったが、反面それが御愛嬌で憎めなくもない。
デビューのビールは鮮やかな極楽鳥をデザインしたパフアニューギニア産、その後の一撃は、なるほどスピリタス(96°のポーリッシュウオッカ)というのも頷けた。

その後は、年上でド派手な、今で言えばキャバ嬢風の彼女と手を繋いでやってくることも度々あった。
身振り手振り口振りはいかにも男尊女卑というか亭主関白風、だが本性なのかテクニックなのか、絶妙なタイミングでの優しさも併せ持っており、それはそれで実はちょっと羨ましくもあったのだが。

まだ来店し始めて間もない頃、神妙な面持ちで、
「マスター、是非大切なお話があるんで、時間を下さい。」
とか宣って、結局マルチ商法の勧誘だったこともある。
まあ、私を引きずり込むには100年早かったけれど・・・。

とはいえ、自分が彼と同じ年頃だった頃の事を思い返してみると、「自立」とは程遠い、甘ったれの最中にいたことは否定しようもない。
T君は、複雑な家庭環境もあったのだろう、傍から見れば危なっかしくてハラハラドキドキなのだが、酒も女性も仕事も、少なくとも自分の足で立っていることだけは相違なかった。

そんなこんなで、何故か妙に気にいられる事となり、きっと兄貴くらいに思ってくれていたのだろう。
その後しばらくはカウンターに座ると、冷凍庫でキンキンに冷やされた、微かにオリーブ色のトロリとしたズブロッカを愛飲し続けた。
ストレートグラスでのバイソングラスの微妙に甘い香りと酔いにしばし御満悦だった。
一方差しで毎回付き合うこととなったこちとらは、仕事とはいえウオッカのストレートがしんどいと思う前半戦があったのも事実だ。(アルコールが回り始めた後半戦は大丈夫だ)

T君の杯がチョット進み過ぎたとある日、キタキタ、
「マスター、今日は是非とも招待したいのでこれから付き合って下さいよ。」
と言い出す。
断ると後が結構面倒そうだし、兄貴としてはたまには面倒見てやらないとと観念しつつ内心喜ぶ。

結末は見えていた。
普段あまり足を踏み入れない文化街という歓楽街を梯子酒、上機嫌だった当の本人は、程なく呂律も回らなくなり千鳥足、止(とど)めに大ゲロを吐けばもうヘロヘロで、だがそれが妙に可愛らしくも思えたのであった。
何とかアパートを聞き出し送り届けたつもりだが、場所や時間を含めたご乱行は、次の日目覚めるまでに、完璧にディスククリーンアップされる「生き抜く術(すべ)」設定になっている。

その後ぷっつりと来店しなくなるのは、よくあるパターン。
忘れかけた頃、さも有りそうな話で、ホストクラブに仕事を変えた、という風の便りが届く。
野生のバイソンのボトルを見ると、何とか逞しく生き抜いていってくれと思う。

 

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ブラッディマリー

ファーマータナカの迷酒珍酒カクテルエッセイ(&新農業講座)。

ファーマータナカは自慢ではないが(こう言う場合はたいてい自慢だ)、日本バーテンダー協会(NBA)2級の資格を持つ、元プロのバーテンダーである。
しかも、酒道を極めるため、己の肉体と精神を犠牲にして、人の何百倍ものテイスティングを日課としてきた。
ただ1回の利き酒の量がたまさか多かっただけで、決して好き好んで飲んだくれてきたわけではない。

季節柄、一般的にトマトは夏の野菜というイメージがあるが、トマト農家でもあったし、トマトジュースも作っていたプロから言うと、トマトは積算温度で赤くなるので、夏のトマトはどうしても水っぽくなってしまう傾向がある。
実際のところトマトは高温多湿を嫌い、かつ日光の要求度も高いので、4~5月が一番糖度が高く、美味しくなるのだ。

ということでトマトがらみの話を少ししよう。

「ブラッディマリー」という、有名なカクテルがある。
「血まみれマリー」の意で、イギリス・チューダー王朝時代の女王メアリー1世に由来しており、彼女はスペイン王朝の血を引いておりかつ熱心なカトリック教徒であったので、宗教改革を徹底的に弾圧し、処刑された人は300人以上にものぼるという。

一般的レシピは、ウオッカにセロリ等の野菜スティックや、タバスコ、ウスターソース、食塩、こしょう等を添えてお好みでアレンジという事になっているが、ファーマータナカのフルーツトマトュース「森のトマト姫」とミックスすれば、何も足さない、何も引かないでよい。

ただ仮に「(」からトマトジュースを引くとただのウオッカになってしまうが(当たり前だ)、おっとどっこいウオッカを引くと、トマトジュース(+α)が「バージンマリー」というカクテルになるところが、お酒の世界の深淵さでもあり、ファーマータナカが求道者として探求を止められない所以でもある。

それと一般的に、このような「混合」の意で飲料に用いられる言葉に、「ミックス」と「ブレンド」という表現があるが、「ミックス」は異種混合、「ブレンド」は、同種混合と考えればよい。
従って「ブラッディマリー」は「ミックス」となり、例えばコーヒーやウイスキー同士の混合は「ブレンド」となるのだ。

ついでにいうと、ウオッカをジンに変えると「ブラディサム」、テキーラに変えると「ストローハット」、アクアヴィットに変えると「デニッシュマリー」、トマトジュースをはまぐりやアサリの入ったスープにすると「ブラッディシーザー」となる。

又ビールに変えると「レッドアイ」(以前フレアバーテンダーのコンクールでの課題カクテルの部で、サッポロビールと当社のフルーツトマトジュースが採用されていた事も、自慢だが付け加えておこう)となる。

二日酔の時の迎い酒で赤い目で飲むというのが名前の由来という説もあるが、トム・クルーズ主演の映画「カクテル」で、「レッドアイ」に生卵を入れるシーンがあり、「世の中には生卵を割り入れずにレッドアイを出すアホが多いが、卵を入れなきゃ『赤い目』にならない。」というセリフがあったのを覚えている方もいるだろう。

もっといってみよう、「レッドアイ」のビールを黒ビールに変えると、「ブラックアイ」、ノンアルコールビールで割れば「バージン・レッドアイ」となっていく。

それから、元々「ブラッディ・マリー」はビールをチェイサーとする飲み方があるが、そのビールで「ブラッディマリー」を割れば、ということは「ブラッディマリー」と「レッドアイ」を足して2で割るということか、「レッドバード」というカクテルになる。

こうしてプロのバーテンダーは億千万のレシピを、スカスカの脳細胞に過酷にも刻んでゆくのだ。

しかしここではたと思うに、ファーマータナカの、極上のカクテルのために極上のトマトジュースを求めて自らトマトから作ることにしたこだわりのプロ意識、はたまた「ブラッディマリー」「レッドアイ」の、迎え酒としての味と効用を確かめるために、わざわざ何千回も二日酔いをしてみる程のバーテンダーとしての矜持は見上げた根性ではあるが、農業とバーテンダーはリタイアできても、度を越した大量飲酒と二日酔の癖が未だに抜けないという俗界の不条理は、ホトホト困りものだ。

もっとも、もっと困ってあきれ果てている方もおられるが・・・。
(2009/03/24記を加筆修正)

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アルコール依存症

ファーマータナカの迷酒珍酒カクテルストーリー番外編。

アルコール依存症」。

シアナマイドノックビン・・・・。 この単語をきいてピンときた人は、ドクターか、私と同類の霊長類ヒト科アルコール依存予備軍目である。

人は太古の昔から、酒を作ってきた。
ウスケボー(ウイスキーの語源)、アクアヴィテ(北欧のアクアビットの語源)、オードビー(ブランデーの語源)ジーズナヤ・ヴァダー(ウオッカの語源)等々これらすべては確か、「命の水」といった意味合いの言葉だったと思う。
(ただしほとんど消えかかった記憶をもとに書いているので当然責任は放棄する。)
酒が百薬の長と称される所以である。

この「命の水」が一転「悪魔の水」になってしまう。

都会でもかくれ依存症の人は結構いるのであるが、その点、田舎ではのべつ幕なし飲んでいて、危ない方が結構いらっしゃるし、よく見えやすいという事情はある。
しかし、例えば畑仕事や山仕事に従事し、体力も使い、日々汗を流すので依存症の発現がいくらか遅くなるのか、又はみんなが酔っ払っているから認知できないかのどちらかだと思われる。

そういうファーマータナカも、試しに本や、ウエブ上のアルコール依存症のチェックシートなどをやってみると、ほとんど100%の確率で依存症とでてしまうので、あなたもぜひ一度お試しあれ。

アルコール依存症は、「ブレーキの壊れた車で急な坂を下っているようなもの」と比喩される。
ぐんぐん加速度がついて、結局は破滅にむかうか、あるいは、途中で飛び降りるかのどちらかなのである。
小生は飲みながら、「明日以降に必ず飛び降りよう。」と決心しているまじめな性格の持ち主ではある。

冒頭の単語は、抗酒剤(酒量抑制剤)と呼ばれるものである。
アルコール増強作用、アルデヒド脱水素酵素阻害作用があり、これを飲んでお酒を飲むと、とにかく無茶苦茶気分が悪くなると言った知人や故人が最低3人はいる。

愛すべき呑ん兵衛の仲間達よ、自制か破滅かの選択は勿論貴方自身の中に存する。

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ペルツォフカ

ファーマータナカの迷酒珍酒カクテルストーリー
(登場する人物物語等は妄想と願望と誇張の産物であり、実在の物等とは一切関係ありません、たぶん)

ありきたりでは満足しない。プラスアルファにこだわる。

もともとは、アルコール分は、90度前後という高濃度のスピリッツで、これを水で割り、白樺の炭などの活性炭でろ過する。
だから本来は、ほとんど無色透明で、無味無臭なのだ。
だからカクテルのベースとして重宝されるウオッカだが、一方にフレーバードウオッカと呼ばれるものがある。

これは、辛口ブームが到来するずっと以前から体を温めたり、風邪に効いたり、胃を丈夫にするために、言わば必然的に作られたウクライナウオッカのひとつだ。

赤唐辛子とパプリカの赤い色がなんとも幻想的。
瓶ごと冷凍庫でキンキンに冷やして、ストレートで飲むのが、常道だ。
ピリリと引き締まった風味と、コクのある切れ味、とろりとした液体は、辛味の中に、かすかな甘味さえ感じられる。

人は、「ウクライナの剣」と呼ぶ。

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🍺🍺🍺🍺🍺 ペルツォフカ(ウオッカ) 🍺🍺🍺🍺🍺


博才がある輩はいるものである。

ファーマータナカは、もともとギャンブルは好きだが、博打打ちの才能は持ちあわせていない。
というより、冷静を装っているが、腹の中は煮えたぎり、頭に血が昇って本来は身を持ち崩すタイプなのだが、かろうじて今日まで持ちこたえてきたといったほうがよい。

H氏は、若いのに妙に年寄臭かった。
才能はあるようだが、世の中で成功するタイプには残念ながら見えない。

暇な時を見計らってくるのだろう、
彼と私の間には、無言のうちにバックギャモンが置かれる。
このゲームは正しく人生の縮図というより、人生そのものだ。
たった数分間のうちに、たったふたつのサイコロで、歓喜と絶望が繰り返され、最後は、私の息の根が毎回確実に止められる。
ファーマータナカの頭と腹の中は、唐辛子の山が燃えていた。

賭けられていたペルツォフカを、H氏はいつもニヤリと笑いながら飲む。
(2002/03/02記)

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スクリュー・ドライバー

ファーマータナカの迷酒珍酒カクテルストーリー。
(登場する人物物語等は妄想と願望の産物であり、実在の人物等とは一切関係ありません、たぶん)

Lady - Killer (レディー・キラー)とはそのものズバリ、「女殺し」という意味。
その代表的なカクテルが「スクリュー・ドライバー」だった。
過去形なのは、現代の女性はもはやこの程度を飲み干す事なんぞお茶の子さいさいであり、最近では「ロングアイランド・アイスティー」あたりがその本命と思われる。
これは、紅茶の色と味に似た強烈なカクテルで、そのレシピはドライ・ジン:15ml、ウオッカ:15ml、ホワイト・ラム:15ml、テキーラ:15ml、ホワイト・キュラソー:15ml、レモン・ジュース:15ml、シュガー・シロップ:1tsp、コーラ:適量と、全くもって掟破りのカクテルレシピとなっている。

さて本題の「スクリュー・ドライバー」とは“ネジ回し(ドライバー)”のことだ。
油田の労働者たちが、ウオッカとオレンジジュースを腰に下げたネジ回しで混ぜて飲んだことから、この名前がついたという。
元々無味無臭のウオッカとオレンジジュースの組み合わせなので、ここは甘味料の入った甘ったるいオレンジジュースは論外として、出来ればフレッシュな生のバレンシアオレンジを絞るか、せめて100%のオレンジジュースを使いたい。

🍸🍸🍸 スクリュー・ドライバー(カクテル) 🍸🍸🍸

食事も供するレストラン&バーには、2つのお客の波がある。
食事とお酒を愉しむ第1波、そしてお酒を愉しむ第2波だ。
週末を除いてその最初の波が来る前の言わば凪のような時間、A美は毎週同じ曜日、同じ時間、いつも一人で、同じ奥から2番目のハイチェアに座る。
端正な顔立ちにショートカットの髪と控え目なメイキャップが、その凛々しさを確かなものにしている。
リクルートスーツに近いその服装で、仕事帰りだということは明らかだ。
ちょっと近視なのか、微かに潤んだ瞳に視線が合うと、勘違いも甚だしいが一瞬ドキッとしたりもする。

「スクリュー・ドライバーを・・・。」

昨今女性も酒飲みになった。
レディーキラーも遠い昔話、今は下心大有りの男性諸氏が先にダウンということも多々散見される時代だ。

だが、彼女は違う。
この口当たりの良いカクテルが、もはや死語に近い「女殺しのお酒」と知らないで頼んでいることは間違いない。
その上、花に花言葉があるように、お酒には「酒言葉」がある。
「あなたに心を奪われた」という酒言葉を彼女はもちろん知らないはずだ。
彼女が告白すべき男性を前に、その意味を知ってこのカクテルをオーダーするにはもう少し時間が必要だと、バーテンダーの勘は勝手に決めつけている。
それでも、100年に一度位ファーマータナカへの告白があっても、世間様に特段の不都合はないだろうにと、そんな薄っぺらな空想を過らせながら、スミノフウオッカにオレンジジュースを注いでゆく。

「お待たせしました。」

あっという間に彼女の頬に赤味がさしてくる。
緊張の糸は少し緩むが、緩み過ぎることはない。

4大新卒間もないA美、大手のファミレスの店長が彼女の仕事だ。
しがない個人営業と、大手のチェーンレストランでは、比較するのもおこがましいが、その若さでそのノルマや労務管理の心労たるや並大抵ではないだろう。
途切れ途切れに差し障りのない会話はあるが、会社や売上やお客の話など突っ込んだ会話はない。
それでも、同業者としての連帯感というか、「あなたの大変さ解ってますよ。」というシグナルが、双方向に送られていく(と思う)。

間もなく、カップルやグループのお客さんがぽつりぽつりと来店し始める。
慌ただしくなる前のタイミングを狙って、彼女は会計を済ませる。

「お疲れ様でした。」

帰りしなにいつものありきたりの声をかけると、彼女は束の間の休戦タイムに、「頑張って下さい。」との無言のエールを背中に、ファーマータナカは今日も戦場へと向かう。

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酪農

ファーマータナカは牧童をしていたことがある。

北海道で酪農といえば格好良さげに聞こえるが果たしてその実態はということで、生と殺、性と死に日々直面し続けていた過酷な現場の断片を少し紹介しよう。
但し、多少生々しい話なので、上流階級の方、ご興味のない方はパスして下さい。


酪農といっても、牛の場合は、肉牛と搾乳牛がある。
ファーマータナカは、牛乳生産(北海道ではチーズ等の加工向けだ)だったから、飼養していたのは乳牛(搾乳牛)=白と黒のブチのホルスタインだ。
面積約100ha(よく言われる表現だとヤフオクドーム建築面積の約15倍だ)に、成牛150頭、育成牛70頭、山羊1頭程度で、その当時の北海道では、まあ大きい方だったと思う。

早速だが、乳牛は乳を搾る。
ミルクは本来子供を育てるために出るものだから、母牛は牝といえども当然出産後でないと乳は出ない。
通常出産後10ヶ月程度搾ることになる。
ということは、受精妊娠出産させないといけない。 先ず受精だが、通常受精は人工授精で行われる。

おっとその前に排卵だ。
牛の生理の周期は21日、出産2ヶ月後には、搾乳中で妊娠可能な牛の排卵時期を見つけてすぐ人工授精するため、1日2回牛の陰部を見て回り排卵適期を見定める作業は、殊の外重要だった。 
例えば高蛋白飼料等の原因により、当然多排卵・無排卵卵巣嚢腫等の生理不順や病気もある。呼ばれた人工授精師は肛門から手を入れて卵子の状況を確認し、健全な卵子で受精適期と判断すれば、凍結精液を注入、人工授精させる。
精液の方だが、安いものは当時で1本(回)500円、ピンは数万円するが、もちろん1回で必ず受精するわけでもないから、一種の賭けでもあった。
(賭け事は昔から好きだが如何せん弱い)


精子を提供する牡牛であるが、種牛という。
体重は1tを越える。高品質多乳量の遺伝子を持つエリート牛は、一見御殿での優雅な暮し振りだが、牝に見立てた擬似牛に乗っかって係員の手を借りながら、日々精液を採取されるのだけが仕事なので、これはこれで辛い人生(牛生?)かも。


さて搾乳だが、仔牛を育てるためなら1日数kgあれば足りるのに、強欲な人間は手練手管、牛を生きた搾乳機械へと改良してしまった。
乳量1回10~15kg(1日20~30kg)、年間乳量は約6000kgだが、1~2tのスーパーカウもいる。
年300日搾乳されるのも大変だが、不妊のままだとやがて乳は出なくなり、単なるタダ飯喰らいとなる。
歳を取ったのと合わせて老廃牛という。
乳量の400倍の血液を循環させて作ったミルクを、人間に搾り倒された挙句、残念だが出荷されて肉となる。
(病気で抗生物質を投与した牛は当時はペットフードになっていた)


一方出産だが、うまく受胎すると、年1産として年間75頭、5日に1頭生まれる計算だ。 予定日が近づくと夜も寝ずに見回りに行く。
早産・難産・逆子・死産・奇形もある。難産は前肢に鎖をつけて引っ張る助産もするが、生命の誕生は何度見ても荘厳で神秘だ。
牛は人間と違い、胎盤を通して抗体を移行できないので、初乳と呼ばれる搾りたてのミルクをなるべく早く飲ませて、免疫グロブリンを吸収させるのも重要な仕事だ。
しかし、5日経つと母牛のミルクは早速出荷に回されるので、仔牛は代用乳(粉ミルク)となる。初乳は組成が違い出荷できないで大量に余るので、初乳豆腐を作ったりする。けど余る。

 

その仔牛だが、血統の良い(乳量が多い)牝は後継牛として育てる。
牡はといえば、数週間を経て肉牛となるため出荷され、凡そ28ヶ月程肥育されて屠殺され、子牛肉としては18~20週飼育されてから屠殺される。
牝は搾乳機械になるため、牡は肉になるために生まれてくるというわけだ。
当時若い女性に育成牛を担当させていたが、我が子のように世話をした仔牛の出荷の度に彼女は涙を浮かべていた。


牛は大飯喰らいで青草で60kg、乾草で15kg、水も80kg程飲み、他に濃厚飼料と呼ばれる餌も食べる。
因果は巡りて排泄である。糞は50kg、尿は15kg、 BOD(生物的酸素要求量(Biological Oxygen Demand)換算で人間の100倍だ。
酪農は臭いといわれる。
実際臭い。
朝5時に牛舎に行ってまずする仕事はバーンクリーナー(Barn Cleaner:糞尿溝に排泄された糞尿と汚れた敷料を搬出する装置)を作動させらがらの糞尿掻きだ。
搾乳の最中も糞尿は降り注ぐ。
ツナギのポケットに何か入ってるなと触ってみたり、髪の毛が引っ掛かるなと思ったりするが、それらが牛の糞以外だったということなど到底有り得ない。


究極の格闘は堆肥処理だ。
搾乳作業と採草放牧の作業以外は、寝ても覚めても堆肥と対峙していた。
普通のトラクターとバケットでは間に合わず、ユンボで切り返しても切り返しても永遠にゴールは見えなかった。
それどころか、ずるずると深みにはまり撃沈、もっと大きい重機で引き揚げてもらったこともあった位だ。


牛にも、表情があり、性格もそれぞれ違い、無論名前もある。
優しく、何かを訴えるような眼差しは心を穏やかにしてくれる。
だからと言って、ベジタリアンになる決心もつかず、食する一口一口に深々と感謝の念を表すでもない。


食物連鎖の頂点に立った人間は、而して業(ごう)を持ち、命の生産と搾取を業(ぎょう)として、自分の命を紡いでいくのだ。

 

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マティーニ

ファーマータナカの迷酒珍酒カクテルストーリー。
(登場する人物物語等は妄想と願望の産物であり、実在の人物等とは一切関係ありません、たぶん)

お酒は基本各人が、好きなように楽しめばよい。
だがかってその昔、ジュースを使うヤワな飲み物はカクテルとは呼んでもらえない時代があった。
だから、一つぐらい紳士然とした、こだわりの一杯があってもいい。
ジンとベルモットの銘柄がどうだの割合がどうだの、ビターズやレモンピールが要るの要らないだの、オリーブをいつ食べるか或いは要らないだの・・・。
行き着く先は、例えばジンとウオッカを使いしかもシェークするジェームスボンドのそれか、そして嘘か真か、かのチャーチルの「ネイキッド・マティーニベルモットを使わないジンのみのマティーニ!?)」か、あなた自身のステータス・ドリンクとしてのパーフェクト・マティーニを持つこと、そしてそれを作るバーテンダーがいることはそう悪いことではない。
だって、それが数百のレシピのある「カクテルの王様」たる所以でもあるのだから。

🍸🍸🍸 ドライ・マティーニ(カクテル) 🍸🍸🍸

お客には2種類ある。「福の神」と「疫病神」だ。
「福の神」のお客さんは何故か来店すると次から次へと客を呼び、反対に「疫病神」のお客さんは来店されたら一巻の終わり、店には閑古鳥が鳴く。
ただお客さんにとっては、前者は店内がてんやわんやで充分な接客サービスが期待できないこともあり、後者はたっぷりともてなしてもらえるという大いなる矛盾もある。

M氏とT子は、曰く有り気な、結構な歳の差カップルだが、店にとっては「福の神」だ。
M氏は言わばいいおじさんといった態、一方T子はちょっと浅黒い肌にスリムなボディーライン、表情に一瞬の陰りはあるが、溌剌とした大人の女性といった感じが魅力だ。
何処でどう巡り合ったものなのか、そしてどう転んでもお似合いのカップルとは言い難い。

もっと落ち着いた大人のBarでゆっくりと二人の時間を過ごせばいいものをと思いつつ、喧騒の中を今日もバーテンダーは駆けずり回っていた。

M氏はマイボトルであるタンカレーのロックを、青い香りと共に黙々と重ねてゆく。
T子は気ままに気泡弾けるジントニックジンバックを飲む。

他人様の心配をしている場合ではないが、「黒の舟唄」という唄に、「男と女の間には深くて暗い川がある。」とある。
ジンはスピリッツの中では酔いが早く、悪酔いさせ、下世話な話だが邪淫にさせるとも言う。
それにしても、その情愛とは裏腹に、大人の会話は途切れがち、空虚な空気と時間が流れていく。
その弾まない会話に頼りない橋を架けるのも、バーテンダーの仕事ではある。
見計らって時折一声かけると、途切れた会話が一瞬紡がれ、忘れかけた笑顔や笑い声がほんの少しだけ戻ってくる。

バーテンダーは職業柄、普通の人より、男と女の至福とどん詰まり、その落差を多少多く観てきた。
だからその行く末が、朧げながら浮かんでくることもある。
この二人は、今までどんな逢瀬を重ね、又重ねてゆくのだろうか。
そしてもうすぐ来るであろう別れを、もう知っているのだろうか。

「手が空いたら、ドライ・マティーニを。」

ミキシンググラスに氷を入れ素早くステアして、器、材料、無論グラスもとことん冷やす。
ジンはM氏のタンカレーを、ドライベルモットはノイリー・プラットを使う。
オレンジビターズは2ダッシュ、レモンピールの油分の霧が、香りと共に一瞬カウンターを舞う。

「いつもお待たせですみません。」

だらだら飲んでいたロックとは違い、冷たさが身上のそれを、彼は微笑み返しながらその都度ほぼ3口で飲み干してくれる。
忙しい中、そういうやりとりが何度か繰り返される。

やがてほんの少し足取りのおぼつかなくなったM氏は、T子に控え目に支えられ、背中に一抹の寂寞感を漂わせながら、おもむろに店を後にする。
このところ、今回が最後の来店でない事を祈るしかない自分がいる。
消火栓を模ったグリーンのボトルは、もう5分の1程しか残っていない。
カウンターにはオリーブを飾っていたカクテルピンが3本、それが今日調製したマティーニの杯数だ。

やがて店に静寂が訪れる。
今日は吾輩も、キンキンに冷えた極上のマイ・ドライ・マティーニが飲みたいと無性に思った。
とあるBarとバーテンダーを心に思い浮べると、階段を足早に降りて行く。

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