戯作文

戯作とは、通俗小説などの読み物の総称で、戯れに書かれたものをいい、戯作の著者を戯作者という。 そこかしこに書き散らかしたり、細やかにしたためた駄文の置き土産を、ここに印す。

スクリュー・ドライバー

ファーマータナカの迷酒珍酒カクテルストーリー。
(登場する人物物語等は妄想と願望の産物であり、実在の人物等とは一切関係ありません、たぶん)

Lady - Killer (レディー・キラー)とはそのものズバリ、「女殺し」という意味。
その代表的なカクテルが「スクリュー・ドライバー」だった。
過去形なのは、現代の女性はもはやこの程度を飲み干す事なんぞお茶の子さいさいであり、最近では「ロングアイランド・アイスティー」あたりがその本命と思われる。
これは、紅茶の色と味に似た強烈なカクテルで、そのレシピはドライ・ジン:15ml、ウオッカ:15ml、ホワイト・ラム:15ml、テキーラ:15ml、ホワイト・キュラソー:15ml、レモン・ジュース:15ml、シュガー・シロップ:1tsp、コーラ:適量と、全くもって掟破りのカクテルレシピとなっている。

さて本題の「スクリュー・ドライバー」とは“ネジ回し(ドライバー)”のことだ。
油田の労働者たちが、ウオッカとオレンジジュースを腰に下げたネジ回しで混ぜて飲んだことから、この名前がついたという。
元々無味無臭のウオッカとオレンジジュースの組み合わせなので、ここは甘味料の入った甘ったるいオレンジジュースは論外として、出来ればフレッシュな生のバレンシアオレンジを絞るか、せめて100%のオレンジジュースを使いたい。

🍸🍸🍸 スクリュー・ドライバー(カクテル) 🍸🍸🍸

食事も供するレストラン&バーには、2つのお客の波がある。
食事とお酒を愉しむ第1波、そしてお酒を愉しむ第2波だ。
週末を除いてその最初の波が来る前の言わば凪のような時間、A美は毎週同じ曜日、同じ時間、いつも一人で、同じ奥から2番目のハイチェアに座る。
端正な顔立ちにショートカットの髪と控え目なメイキャップが、その凛々しさを確かなものにしている。
リクルートスーツに近いその服装で、仕事帰りだということは明らかだ。
ちょっと近視なのか、微かに潤んだ瞳に視線が合うと、勘違いも甚だしいが一瞬ドキッとしたりもする。

「スクリュー・ドライバーを・・・。」

昨今女性も酒飲みになった。
レディーキラーも遠い昔話、今は下心大有りの男性諸氏が先にダウンということも多々散見される時代だ。

だが、彼女は違う。
この口当たりの良いカクテルが、もはや死語に近い「女殺しのお酒」と知らないで頼んでいることは間違いない。
その上、花に花言葉があるように、お酒には「酒言葉」がある。
「あなたに心を奪われた」という酒言葉を彼女はもちろん知らないはずだ。
彼女が告白すべき男性を前に、その意味を知ってこのカクテルをオーダーするにはもう少し時間が必要だと、バーテンダーの勘は勝手に決めつけている。
それでも、100年に一度位ファーマータナカへの告白があっても、世間様に特段の不都合はないだろうにと、そんな薄っぺらな空想を過らせながら、スミノフウオッカにオレンジジュースを注いでゆく。

「お待たせしました。」

あっという間に彼女の頬に赤味がさしてくる。
緊張の糸は少し緩むが、緩み過ぎることはない。

4大新卒間もないA美、大手のファミレスの店長が彼女の仕事だ。
しがない個人営業と、大手のチェーンレストランでは、比較するのもおこがましいが、その若さでそのノルマや労務管理の心労たるや並大抵ではないだろう。
途切れ途切れに差し障りのない会話はあるが、会社や売上やお客の話など突っ込んだ会話はない。
それでも、同業者としての連帯感というか、「あなたの大変さ解ってますよ。」というシグナルが、双方向に送られていく(と思う)。

間もなく、カップルやグループのお客さんがぽつりぽつりと来店し始める。
慌ただしくなる前のタイミングを狙って、彼女は会計を済ませる。

「お疲れ様でした。」

帰りしなにいつものありきたりの声をかけると、彼女は束の間の休戦タイムに、「頑張って下さい。」との無言のエールを背中に、ファーマータナカは今日も戦場へと向かう。

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