戯作文

戯作とは、通俗小説などの読み物の総称で、戯れに書かれたものをいい、戯作の著者を戯作者という。 そこかしこに書き散らかしたり、細やかにしたためた駄文の置き土産を、ここに印す。

ジャック・ダニエルズ

ファーマータナカの迷酒珍酒カクテルストーリー。
(登場する人物物語等は妄想と願望の産物であり、実在の人物等とは一切関係ありません、たぶん)

アメリカが好きだった。
一面緑の庭、白い大きな家、アメリカン・ドリーム、そして何よりも自由。

はじめたバーは、アメリカン・ビールを沢山並べた。
バーボン・ウイスキーを沢山並べた。
連日、ビールをチェイサーに、ストレートやロックで、何十本あおったことだろう。

だが想い焦がれたアメリカは、結局手前勝手なご都合主義、幻想に過ぎないと気付いて、もう何年経ってしまっただろう。

でもこのウイスキーだけは、違う。
まず、水だ。
テネシーのリンチバークに湧き出るライムストーンウオーターという特別な水を使っている。
それに、蒸留したてのウイスキーを砂糖カエデという木で作った木炭の中を通し、さらに磨き上げるチャコール・メロウという製法なのだ。

伝統ある手作りによる磨きぬかれた味、絶妙な香り、このウイスキーがかろうじて、私の夢、私のアメリカなのだ。

🍸🍸🍸 ジャック・ダニエルズ(テネシーウイスキー)🍸🍸🍸

諦めた時夢は終わる、諦めなければ夢は叶う、としたり顔で人は云う。
男の子なら昔は野球選手、今はサッカー選手というところか。
そしてピケティではないが、遅かれ早かれ殆ど全ての人が、自分が1%でないことをいつしか受け入れていく。

もともとバーボンが主体で種類もそこそこ豊富なバーなのだが、バーテンダーの趣味と実益を兼ねて、いつも珍しい銘柄が何本か、さりげなく置いてある。
お客さんが気にいってくれればラッキー、早速御相伴に与れるという筋合いだ。
今日は偶々、銘柄だけでなく、サイズに面白みが感じられる1本も置いてある。

いつものように早目の時間帯、T氏は彼女とカウンターに留まる。
座りながら一回り大きいサイズのジャック・ダニエルズのボトルをチラ見したようだった。

好奇心旺盛な浮気性のお客の対極に、頑なに同じボトルを飲み続けるお客がいる。
このバーでジャック・ダニエルズといえば、彼の他には彫刻家のU氏、バーテンダーの古い友人で地上げ屋のM氏だ。
T氏は、同世代の仲間達がオチャラケて無節操にあれこれ飲んで騒ぐのに、開店以来ずっとジャック・ダニエルズ、しかも何故かストイックな雰囲気で飲んできた。
ファッションもいわゆるデザイナーズブランドだが厭味はない。
その上同伴の彼女がこれまた極上の美人ときていて、くっきりとした眉と目鼻立ち、なのにどこか日本的な奥ゆかしさも併せ持っていて、傍目にはベストカップルと映る。
仕事も当時はまだ珍しいコンピュータ関係というカッコいい職種。

どう見ても何の不満も不自由もなく見えるのだが、実はT氏プロゴルファーの夢を追い求め続けていた。
無論世の中が普通の人だらけなのはとうに解っている。
そしてそれぞれ普通の人がかって自分と同じように夢を追い、結局は殆どが白旗を揚げ続けてきたという人間の業も。
T氏は、ふとゴルフクラブをそろそろ脇に置かなければいけない頃合いが来たのかもしれないと思った。
普通の人がやるように、生活という荷に変えなければいけない時かと・・・。

きっとこのウィスキーも卒業すべき時期が来たのだろう。
未練だが、今日から普通の人になり、普通の人生を始めるのだ。

タイミングがいいのか悪いのか、ちょうどボトルが空っぽだ。
T氏は、フッと小さな溜息をついた。
口数の少ないT氏の口が開く。
「マスター、あのでかい1Lのジャック・ダニエルズもらってもいいですか?」
「勿論いいよ。」

ジャック・ダニエルズは彼の夢の証。
せめてサイズを変えることで一区切りつけることに、誰が文句を言えるだろうか。

バーテンダーはおもむろにそのボトルを手に取ると、キャップシールを無造作に切る。
アイスキューブの上を、琥珀色の夢が、トックトックトックと穏やかな音を立てて流れ、やがてゆっくりと融けてゆく。

人はそれぞれ心の中に、ひとりひとりのジャック・ダニエルズを持っている。
(2002/01/30記を加筆修正)

 

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