戯作文

戯作とは、通俗小説などの読み物の総称で、戯れに書かれたものをいい、戯作の著者を戯作者という。 なら、戯作者の書いた戯作は戯作文。 そこかしこに書き散らかしたり、細やかにしたためた駄文の置き土産を、ここに印す。

四方山煙草考

先日偶々煙草の話が出たので、四方山煙草考。

喫煙率低下、禁煙分煙、副流煙電子タバコと愛煙家を取り巻く環境は益々厳しさを増しているが、ファーマータナカも何を隠そう、かっては1日5箱(100本)のヘビースモーカーであった。
止めて35年になる(とは言え白状すれば禁煙後多分10本位は吸っている)が、散々世間に毒と迷惑を振り舞いてきたせいもあり、個人的には今傍で吸われてもに気にならないし、土台文句を垂れる筋合いも資格も無い。

気になったのでパチンコ屋の現状(こちらも数十年足を踏み入れていない)はどうなっているかとググってみたら、大きなところは分煙もあるし、何と健康増進法改正案が閣議決定され、2020年4月から全面禁煙となる方向だという。

当初は粋がって「ショートピース」(両切り T28mg N1.3mg)、その後「ロングピース」(T21mg N2.9mg)の時期を経て、「チェリー」(T15mg N1.1mg)という銘柄を長く愛煙した。
誰とは明らかにしないが、未だに頑なに「ガラム」(インドネシア産丁子風味で強烈に臭い T33mg N1.7mg)を吸って、本当に煙たがられている強者と言うか馬鹿者友人M氏もいる。

「チェリー」は意外にも日本で一番売れていた時期もあり、さくらんぼを思わせるような甘味も感じられたが、可愛らしい名前に似合わず振り返ってみると結構ヘヴィな煙草であった。
著名な愛飲者には、ドラえもんのび太のパパ、太陽にほえろのジーパン刑事(松田優作)、細野晴臣市川崑宮崎駿、森敦等がいる。

長年禁煙していてもおいそれと安心できない。
一説には真っ黒けの肺の浄化にかかる年月は「1日に吸っていた箱数×吸っていた年数×2」というから、ファーマータナカの場合は、5×15×2=150年となるので、浄化まであと110年余生きておかなければならない計算となり、少々しんどい現状がある。

はてさて、此のところ昔の事をグダグダ言っている事が多いようだが、ライブなイベントや話題が極端に少なくなった生い先短いオヤジの戯言と、ご容赦願いたい。

 

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ラム酒雑感

ファーマータナカの酒場放浪記(ラム酒雑感)。

馴染みの店のバーテンダーに常連客、そしてお気に入りの銘柄とくれば、その安心感の中で澱みがちな精神は、確かに解放されたかに見える。
しかし一方で、見知らぬバーの扉を開けたい衝動に駆られることがある。
今更恋でもないだろうに、初めてのドアに手をかける時、何かに出逢えそうな緊張感とときめきに、幾分背筋が伸びる(出る時は背筋がどうであるかも含めて、記憶がない場合がある)。
元来お酒なら何でも持って来いなのだが、その中でもラムは好んで嗜む。

今日の出逢いは、「サカパ23」(グアテマラ産)と「バルバンコート」( ハイチ産)のラム。

中米を旅行した時、グアテマラに地元の人が常飲するロン(ron)というスピリッツがあるというので、早速飲んでみたが、なるほど ron はスペイン語でラム(rum)の事、安いラム酒だったのだ。
グアテマラコーヒーと同じく、サカパは高級ラムで、多分地元の人の口には入らないという厳しい現実もあるが、それはさておき、ここでグアテマラに出逢えたのは喜ばしいではないか。
一方のハイチ(かってフランス領)のラムには rhum の表記、こちらはフランス語で同じくラムのことだ。

となれば、昔愛飲した「ロンリコ151」(プエルトリコ産、ロリコンではない、151とはUSプルーフでアルコール度数に換算するとジャスト50%の75.5°となる)は、ronrico のスペルだがら、「豊かで美味しい(rico)ラム」という意味だったのか。

ラムの原料は砂糖キビ(そのもの、あるいは搾りカスの廃糖蜜)だが、ラム発祥の地とされるカリブ海の島々にはサトウキビは自生していない。
持ち込んだはヨーロッパ人で、いわゆる三角貿易(砂糖・ラム酒・奴隷)とプランテーション農業で暴利を貪り、あらん限りの侵略と虐殺をもたらした。

旅行で足を延ばしたキューバでは「ハバナクラブ」と再会を果たしたし、「フロリディータ」でヘミングウェイの愛したフローズンダイキリ(砂糖抜きでグレープフルーツジュースが加わるという)が飲めたのも嬉しい。
そういえば昔飲んだ「クレマン」というラムは、同じくここカリブ海にあるフランス海外県マルティニク島からはるばる来ていたものだったのか。

砂糖キビさえあればどこでもラム酒は作れる、遠くアフリカ大陸の東側モーリシャス島もラムの一大産地、そこのラムを粋がって飲んでいたのも懐かしく想い出す。

さて、今回も色気無し味気無し、期待される艶話は披露できないが、日本の地方都市の小さなバーの片隅からでも、ほろ酔えば、世界を駆け巡ることができるのだ。

あとは飛び過ぎないこと肝心だ…。

 

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新年のご挨拶

新年のご挨拶を、不甲斐ないオヤジに成り代わりまして申し上げます。
 
本年も適当におあしらいの程、宜しく申し上げます。
 

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メーカーズ・マーク

我楽多酒整理番外編。(ファーマータナカの迷酒珍酒カクテルストーリー)

🍸🍸🍸 メーカーズ・マーク(バーボン・ウィスキー) 🍸🍸🍸


メーカーズ・マークのハイボールの記事でウィスキーのスペルの事を書いたら、ややこしい訳について若干1名から質問があったようななかったようなので追記する。

元々ウィスキーの起源を自認するアイルランド人が、アイリッシュを軽いスコッチブレンドと差別化するために余分な"e"を付け加えたとされる。

アメリカで Whiskey の綴りが使われているのは、ウイスキー蒸溜所の創設者にアイルランド系移民が多くいたことによるものだ。
従って現在では、スコットランド産のスコッチ・ウイスキー、カナダ(スコットランド移民が中心に製造)のカナディアン・ウィスキー、日本のウィスキーはスコッチ方式と呼ばれ e がない Whisky、アイルランド北部のアイリッシュ・ウィスキーとアメリカ産のアメリカン・ウィスキーはアイリッシュ方式と呼ばれて、e が入り Whiskey となっている。

ややこしいのはこれからで、メーカーズ・マークは創設者サミュエル家の先祖がスコットランド系移民であり、バーボン本来のライ麦主体のスパイシー&ビターではなく、小麦由来のスイート&スムーズと、封蝋でもわかる手造り感と家柄を信条としているので、e が抜けている。
オールド・フォレスターやオールド・ヒッコリーなども Whisky だ。

又、key が鍵を意味するところから、whiskey は鍵あり、Whisky は鍵なしと言われ、開拓時代のアメリカではウイスキーーがとても貴重で、必ず鍵つきで保管したとか、英国紳士は自制心が強いから鍵なんかなくても飲みすぎたりしないが、だらしのないアメリカ人には鍵が必要なのだといったエピソードもある。

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ファーマータナカに鍵が必要なのは言うまでもない。


チキンバス

中南米の旅行記などを見ると必ず「チキンバス」というものが出てくる。

中南米でなくても旅行をすれば、空港等のある場所からホテルや観光地へ移動する必要が生じるのは自然な成り行きだ。
移動手段は、タクシー、レンタカー、コレクティーボ(乗り合いタクシー)、旅行会社のシャトルバス、ツアーバス、ホテルの送迎バス、メトロ、そして「チキンバス」等といったところだろう。
もしあなたが、上品な方、或いはチキンな野郎なら、「チキンバス」に乗るのはご法度だ。
その余りの凄まじさに、こんなところには一瞬たりとも滞在できないと、すぐさま尻尾を巻いて国外退去するだろう。

何故「チキンバス」と呼ばれるか。
現地の人はスペイン語でカミオネタといい、庶民の大切な足として確固たる地位を確立している。
一説には、荷物棚の上に沢山の鶏を載せていたとも、乗客を限界までギュウギュウに鶏みたいに押し込んで走るためとも言われる。
アメリカのスクールバスの払い下げで、派手なペイント、恐ろしく燃費が悪そうな騒音と黒煙をまき散らしながら、カーブでもおそらく70km以上で突っ走る。
行く先の表示は一応あるが、「ガテ(グアテマラの事)」とか「ティグア(アンティグアの事)」とか大声でがなり立てられ、乗ろうにも思わず足が竦む。
どうも停留所はあってないようなものらしく、どこでも手を挙げて乗り込める。
始発の場合満杯になったら出発するので勿論時刻表はない。

一大決心をして乗り込むと、大音響の陳腐な音楽、不必要とも思えるクラクションの爆音連発が耳を劈き、一方通路は異常に狭く、その代わりシートは中途半端な2.3人掛け位の広さで、3人目は半ケツ状態で座る。
万一すし詰めでない場合、初心者はカーブではズッコケ堕ちる事必定だ。
屋根に乗せた大荷物の幾つかは、同じくカーブで落下しているだろう。

満杯で出発した筈なのに、何故かお構いなしに乗客を乗せていき、又いくらでも乗れてしまうのが流石「チキンバス」だ。 
それ故、若い女性やグラマーな女性の隣でもゴリゴリ座れる特典があるが、現実はおおむねお歳を召していたり、ムサ苦しいオヤジに当たる確率が高く、スリやバックを切られる窃盗に会う特典に差し替えられる場合が多い。

料金は安価だが初心者が解る術はなく、又支払は乗る時でも降りる時でもなく、途中で払う。
思いついたように車掌(と呼んでいいのか)役の兄ちゃんが、絶対無理と思える人の肉を無理くりかき分け進んで来て乗車賃を徴収する。
乗客も前から降りるのがが駄目なら、死んでも後ろから降りる。
又、溢れ返る乗客が何処から乗って来て幾らになるのかを把握している兄ちゃんは、プロの風上に置ける存在感だ。

途中山間部を通ったりするルートでは、強盗が乗り込んでくる事件も未だに散発しているといい、それでも毎日毎日これでもかこれでもかと、頻繁に騒音と公害を撒き散らかしている元気モンが、そう「チキンバス」なのだ。

乗ってみます?

 

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コロナエクストラ

ファーマータナカの迷酒珍酒カクテルエッセイ。
(内容は妄想と願望の産物であり、真偽の程は定かではありません。)

アンティグアの街角の窓に、飲みかけのコロナビールが置いてあった。
昨夜の孤独を肴に路上で飲んでいたものか、 宴に酔いしれて店を出た時に手にしていたものか、 ライムに問うてみても、答えは返ってこない。
 
🍺🍺🍺 コロナエクストラ(ビール)🍺🍺🍺
 
今でこそ、それこそありとあらゆる国のビールというビールが手軽に廉価に入手できる時代となったが、ファーマータナカの開業当時(1983年)は結構入手も大変であった。 又、一地方の田舎町では生ライムの入手も同様だった。
 
すべてが美味しいかどうかはひとまず置いておくとして、アメリカをはじめとして、ヨーロッパからアジアまでおまけにノンアルコールビール、そしてビアカクテルまで、世界の様々なビールを売りたいという相談に、酒屋さんは「どうせ売れるはずはない、最初だけお飾り的にそろえておけばいい。」と思ったに違いない。
 
日本のビールは確かに品質技術が洗練されており、文句なく旨いといってよいだろう。 しかし如何せん個性ということになると、店でビールの利き酒イベントもやったことがあるが、一部のプロを除き、ほとんどこれが当たらないときている。
又、ノンアルコールビールやビアカクテルも今では定着しているが、当時は「何でわざわざアルコール抜きのビール擬きを飲む必要があるのか?」、「何でビールに余計なものを混ぜるのか?」と首を傾げる向きもあったのだ。
 
日本では、缶ビールをそのままお店で提供することはもちろん、瓶ビールをそのまま直接飲んだり、あるいはビールをチェイサーにしてバーボンを飲んだり、ましてやライムを瓶にほおり込むなど言語道断と、後ろ指をさされる時代もあったのだ。
 
しかし、時間を問わず、味を楽しみ、デザインを楽しみ、飲み方を楽しんでくれるお客さんが集い、はるばるメキシコからやってきた、ライムをほおりこまれたコロナエクストラの瓶がキラリと光るの見た時、ファーマータナカの頭のバブルははじけていたのだった。
 
ビールは庶民の日常の飲み物だ。
缶や瓶を開ける音、最初の一口、その一瞬のためだけに、今日という日を僕らは生きてきたのだ。 泡や温度やグラスにとことん拘るのもありだが、ここは陽気な仲間と、カジュアルに、思い思いのスタイルで楽しみたい。
 
CHEERS!!
 

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九州一周無銭旅行記

北海道道中標津町の北端、地球が丸く見える開陽台の、その又奥のどん詰まりの山あいで牧場を営んでいた時、叉面積の91%が山林の大分県(旧)日田郡上津江村の山奥で農業を営んでいた時、仕事中にオンボロスバルレオーネ4WDやフォレスターに乗っていて、普段人っ子一人歩いていない幹線道路に時折バックパッカーを見かけると、場合によってはこちらから近づいていって、多くのヒッチハイカーを乗せたことが何度もある。

福岡に戻ってからも、市内を走行中拾った若者を、用も無いのにわざわざ広島県まで送っていった事もあり、叉これが若い女性旅行者だったりすると、変質者と見破られたのか、反対に断られたこともある。

中学時代の同級生にMという朋友がいて、こいつがそろそろ人生の後片付けと家の我楽多を整理していたら、1冊の古びたA5のノートが出てきたという。
それがこの、「九州一周無銭旅行記」だった。

ジャスト半世紀前の高校2年生の夏、お馬鹿トリオ(1人は後輩)は、お互い解消されるはずもない劣等生の虚しさを抱きしめて、無謀且つ無意味な九州一周ヒッチハイクの旅を思い立ったのだ。

旅とはある意味人間の本性が表出する場でもある。
この旅でも、未熟で我儘な若造の間で、様々な確執や軋轢があっただろうことは想像に難くないし、現に中途で後輩はリタイアしている。

お金は鹿児島市内でやむなく乗った市電の運賃20円を使っただけで、何とか九州一周を果たしたのはご立派と褒めてやってもいいが、驚くべきは、チャランポランと思っていた(今も思っている)M氏が、ヒッチハイクをした車の車種や台数や走行距離をはじめとして、お世話になった方々とのやりとりを克明に記録しており、帰ってからも礼状や年賀状のやりとりまでしている形跡があることだ。
今更ながら彼の人間性の一端に触れて、感慨深くもあり、感心もした次第だ。

ヒッチハイクの車は、なかなか止まってくれなかったと云えば止まってくれなかったし、よくぞ止まってくれたと云えば止まってくれたということになる。

ぜひあなたも、若き放浪者に愛の眼差しを向けて欲しいと思う。
 

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